サイアス,
No.4, 36-39 (1999)
結晶の不思議 元島栖二(岐阜大学工学部応用精密科学科)
極微の世界の二重コイル 電磁波吸収など応用に期待
生物の持つ絶妙な構造、高度な機能を真似て、これにならい、これを超えた材料を創造するという考えを「バイオ・ミメティック(mimetic)」と言う。
宇宙の巨大な渦巻きから遺伝子(DNA)の二重らせん構造に至るまで、森羅万象の基本構造は3次元ヘリカル(らせん)構造である。このような構造を持つ新素材・材料を創り出そうという概念は、バイオ・ミメティックよりはるかにスケールが大きく私たちは「コスモ・ミメティック」と名づけている。
コスモ・ミメティックな新素材・材料ができれば、その特異的構造・形態から、これまでの材料にはない新たな高度機能が期待できる。
時とともに規則正しく
私たちは1989年、十分コントロールした条件下で、微量のイオウ不純物を添加したアセチレンを金属触媒下で熱分解することにより、2本のファイバーが互いにコイル状に巻いた炭素繊維「カーボンマイクロコイル」の合成に成功した。このカーボンマイクロコイルはさまざまな新しい機能を持っていることが分かり、現在応用へ向けての研究が進められている。
作り方は、原料ガスを内径6・の石英製横型反応管に置いた基板表面に垂直に導入し、排ガスを下部から出す。原料ガスは、アセチレン、水素、窒素、チオフェンガスからなり、基板はニッケルなどの金属触媒粉末を塗布したグラファイトである。摂氏750〜800度の範囲で、カーボンコイルは基板にほぼ垂直に成長した。コイルの長さは2時間で3〜5・、10時間では約2・になる。コイルの直径は一般に1〜10ミクロンである。2つのらせんコイルが1本のカーボンコイルを構成している。
成長初期のコイルは直径とピッチともにかなり大きく、不規則であるが、反応時間とともに直径とピッチは小さく、規則的に巻くようになり、中空パイプ状に成長することが多い。左巻きと右巻きはほぼ1対1の割合で、同じコイル内の2つのコイルは同じ巻き方向である。
カーボンコイルは結晶性ではなく、ほとんど非晶質でファイバーの芯まで完全に微粒の炭素粒が詰まっている。

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十分に成長したコイル 規則的な形をしている。
Rは右巻き、Lは左巻き。
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コイルの断面 非晶質で炭素粒が詰まっている。
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餌を求めるように
カーボンコイルの先端には、必ず触媒粒があり、これが1秒間に1〜2回転して二重コイルを形成しながら、餌を求めるように原料ガスの導入口に向かう。その姿はつる性の植物のようである。
触媒粒の結晶表面では活性能が異なり、活性能が大きな結晶面からたくさんの炭素が生成されるため、これがコイルの外側になるように成長するのであろう。回転エネルギーはこの異方性によるものと考えられる。しかし、なぜコイル状になるのか、その回転エネルギーをどこから得ているのかの詳細については十分には分かっていない。
二重コイルという特異的な構造は新たな高度機能を実現している。例えば、電磁波を照射すると、コイル内に誘導起電力による電流が流れ、ジュール熱が発生する。照射された電磁波が熱として消費されるわけだ。

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成長初期のコイル形は不規則でピッチは大きい。
矢印はニッケル触媒粒。
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地球環境にも有用
このことは電磁波吸収材料の可能性を示しており、電磁波による医療機器の誤作動、飛行機などの運行障害に対する切闔Dになるかもしれないし、宇宙線からの保護材にもなり得る。また、逆に太陽エネルギーや宇宙エネルギーなどの微弱なエネルギー(サトルエネルギー)吸収・発散材にもなる。化石燃料の不足を補ったり、地球規模での環境問題にも対応できる材料になる能力を秘めている。
さらに、右巻きらせん構造の蛋白質合成触媒、生物活性化触媒・基材、新規電極材料、水素吸蔵材、マイクロメカニカル素子、マイクロセンサー、エネルギー変換素子、電子線エミッター、生体用マイクロフィルターなど、幅広い応用が期待できる21世紀の革新的新素材である。
このように、カーボンコイルは直径がミクロンオーダーのコイル状の微細な炭素繊維の一種であるが、既存の炭素繊維とは全く異なる方法で合成され、新規な構造、特性を持っているため、画期的な応用が期待できる。このため、財団法人・科学技術振興事業団の新技術委託開発事業の1つとして、8億円の融資の認定を受けた。
電子顕微鏡下に広がる千変万化の結晶の美
ダイヤモンドやルビー、サファイア−−−宝石のほとんどは、地殻の奥深くで長い年月、育まれた鉱物の単結晶からできている。それが磨きあげられ、光輝く宝石になり人を惑わす。 そうした加工された宝石より、ありのままの単結晶が魅力的に思える。非常に小さく、電子顕微鏡のもとでしか眺められないが、美しいバラが咲き、小鳥がさえずり、海草の中をハゼやフグが泳ぎ、パラソルが開き、時には宇宙船が降り立つようにさえ見える。無機物が、あたかも小さな生命を宿しているかのように、いろいろなポーズをとるのである。
南信州の田舎で育ったためか、草花、特に自然の中でひっそり咲く山野草の花が好きである。広大な山野の片隅にあり、華麗でもなく、咲く時期も短い。このため、見過ごすことも多い。しかし、注意深く観察している人には、たくさんの花がほほ笑みかける。研究でも同じことがいえる。
「思いがけない発明・発見をする才能」のことをセレンディピティー(serendipity)という。ダイナマイトやX線、ペニシリン、テフロン、マジックテープ。いずれも、セレンディピティーによる発明・発見されたものである。
この才能は幸運な偶然と、深く広い知識に基づいた洞察力、感性によってもたらされる。常に感性を磨き、全神経を集中していないと、幸運の女神からそっぽを向かれる。
超高温・超耐食・超硬などの性質を持つ超材料合成の研究手法である化学気相析出(CVD)法で、千変万化のミクロな結晶にめぐりあうことにも通じることである。
CVD法では、すべての結晶成分をいったんガス化した後、高温で反応させて基板上に結晶として析出させる。装置は、目的に応じていろいろな形のものが用いられる。

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代表的なCVD装(CrB2結晶合成装置)
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気相という自由空間で結晶は伸び伸び成長し、個性を余すところなく発揮する。そして、ハッとするほどの美しさをみせてくれる。化合物が異なると、また同じ化合物でも条件が異なると全く違った姿になる。それどころか、同じ条件でも多様な形をとる。そこに複雑さと困難さ、そして神秘性がある。ホウ化クロム(CrB2)の場合、6角形の非常に形の整った結晶になる。写真・は摂氏1050度、2時間の反応で得られた。このような大きな単結晶は約300回の実験でたったひとつだけであった。何を連想するだろうか。人工ヒトデ? あるいは真上から眺めた巨大煙突?

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写真・は、正6角形中空状のケイ化クロム(Cr3Si)ピラー状単結晶で、高さ1〜3・で、鉛筆を立てかけたようだ。写真・はリン化チタン(TiP)ウイスカーの先端部分である。ウイスカーは複合材料の強化材として重要な、猫の髭上の細くて長い単結晶で、まるで聖火台を思わせる。成長場所にある種の金属不純物があると、その先端にネギ坊主のような球状の析出物をつけて、成長する。ごくまれに、この部分が結晶化する。

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リン化にオブ(NbP)は、ケイ素と白金の混合触媒のもとで細長いウイスカーとともにリボン状の結晶が得られるが、まれにその表面から写真・のように、6角形ピラミッド状の結晶が成長する。先端(矢印)には触媒がある。パラソルのようだ。そのパラソルをとると、写真・のようなさえずる小鳥が現れる

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砂の星のような写真・は六ホウ化ランタン(LaB6)単結晶である。赤紫、青紫、さらに青色まで変化する。鉄板を六塩化ニケイ素(Si2Cl6)のガスを満たしたなかで、摂氏1050度で処理したところ、鉄板の表面に写真・のように宇宙船に似た球形あるいはサッカーボール状のニケイ化鉄(FeSi2)の結晶が成長した。反応条件を変えると、写真・のような海水中に揺らぐ昆布を思わせる結晶群が成長した。
ニッケルを含まない低級ステンレス鋼に鉄-クロム-ケイ素系化合物の膜をコーティングして、薬品に強いステンレス鋼をつくろうとして、失敗したことがあった。ところが表面に写真・のようなきれいなバラが咲き、写真・のように大きな口をあけたアンコウが現れた。しかも、この結晶は(Fe,Cr)5Si3という新化合物であった。
まだ、だれも目にしたことがない結晶がたくさん眠っているはずである。電子顕微鏡を覗くのはロマンに満ちた時間である。結晶の成長をその場で観察してみたいとも願うが、結晶が成長する環境は、猛毒が充満した摂氏1000度を超す灼熱地獄。残念ながら、かなわぬ夢である。

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