ミクロの世界を旅する    私の趣味と本業

もと じま せい じ
元  島  栖  二     (岐阜大学教授)


幸運の女神と出会うには

 CVD(化学気相蒸着)法を用いると、千変万化、多種多様な素顔をもった美しいミクロな結晶に巡り合うことができる。そこには限りない微小宇宙空間が広がり、われわれをしばし夢の世界へと誘ってくれる。生命のない無機物でありながら、あたかも小さな命を宿しているかのように、いろいろなポーズをとって微笑みかけてくれるのである。そんなミクロな世界をしばし旅してみよう。
 私は信州の田舎で育ったせいか、草花、とくに自然のなかでひっそり咲く可憐な山野の花が大好きである。山野に咲く美しい花は、広大な山野のどこにでもあるものではないし、また咲く時期もたいへん短い。したがって、注意深く観察していないと見過ごしてしまう。同じルートを歩いていても、草花の関心のない人は、綺麗な花が咲いていても気がつかないのに対し、深い関心があり、美しい可憐な山野の花たちとの出会いを求め、注意深く観察している人には、たくさんの花たちが微笑んでくれるのである。同じことが研究に対してもいえる。  セレンディピティ(serendipity)という言葉がある。これは“思いがけない発明・発見をする才能”と定義されている。ダイナマイト、X線、ペニシリン、アスピリン、テフロン、マジックテープ(ベルクロ)、あるいは最近CMをにぎわしているヒット商品の多くは、このセレンディピティにより発明・発見されたものである。これらは、私たちが健康で快適に、また便利に生活するために欠くことができないものとなっている。セレンディピティは、まったく幸運な偶然性と、深くて広い知識に基づいた鋭い洞察力、研ぎ澄まされた感性によってもたされたものである。しかし、偶然起こる新しい現象や新物質の、常に感性を鋭く磨き、全神経を集中して注意深く観察していないと、幸運の女神にソッポを向かれ、これをつかまえることはできない。研究・観察の場では、セレンディピティによる幸運は待ち受ける人の心構え次第である、といえる。

ミクロの世界の美の饗宴に酔う

 CVD法を用いてさまざまな化合物の結晶を合成する際、結晶条件を整え、型にはめず気相という自由空間で伸び伸びと成長させると、個性をあますところなく発揮し、ハッとするくらい美しい姿を見せてくれる。化合物が異なると、また同じ化合物でも成長条件が違うと違った素顔を見せてくれる。さらに、まったく同じ条件で成長させても、多種多様な素顔の結晶がえられることもある。そこに結晶成長の複雑さと困難さがあり、神秘性がある。
 CVD法で得られる結晶はたいへん小さく、ミクロの世界である。そんなミクロな世界でも、美しいバラの花が咲き、海草のなかをハゼやフグが泳いでいるのである1)。また、さまざまな表情をした幾何学的・アート的に美しい結晶たちにもめぐり逢うことができる。一方、たくさんの結晶が、あたかも巨大高層ビルが林立する大都会を巨大地震が襲い、ビルが全部倒壊したように成長した様子に出会った時、巨大地震の予告、あるいはミクロな世界から都市の巨大化に警告を発しているような気がして思わず青ざめたことがある2)。これらのミクロな結晶の素顔・表情は、電子顕微鏡下でのみ眺めることができる。しばしば時間が経つのも忘れて電子顕微鏡下で繰り広げられる美しい結晶たちの美の饗宴に陶酔し、また、その素顔・表情を追い、写真を撮り続けるのである。これまで撮影した美しいミクロなセラミックス単結晶の素顔の一端はすでに本誌に紹介した1〜3)。

新しい結晶結との出会いを求めて

1989年、窒化ケイ素ウィスカー合成の研究中、偶然にもマイクロコイル状の窒化ケイ素ファイバーが成長するのを見いだした。それまで多くのミクロな結晶に巡り合い、その美しい姿に感動し、自らの感性が高度に高められ、また新たな形をした結晶との巡り合いを強く求めていたからこそ、まったく偶然に成長したコイルを見いだせたのである。これも小さいけれどもセレンディピティによるものであろう。その後、この発明・発見がマイクロコイル状炭素繊維をはじめとするこれまでにない新素材群“マイクロコイル状セラミックファイバー”の開発へと発展したのである。写真1は、アセチレンを750℃で熱分解して得られたマイクロコイル状炭素繊維である。コイルは二本の単コイルが互いに仲よく巻き合いながら成長している。しかし、写真2のように互いに巻き合っていないが同心円的に単コイルが巻いたもの、あるいは写真3のようにペアーコイルとなったものなど、さまざまな形態をしたコイルが観察される。このような結晶は、よほど注意して観察し、何か新しいコイルの姿を求める心がないと見いだせない。とくに写真3は、一週間かかってやっと捜しだした特異的形態のコイルである。願わくばそんなコイルの成長する姿をその場で観察したいものである。次はどんな顔をしたミクロな結晶に出会えるのかと胸をときめかせながら電子顕微鏡をのぞくのは限りなく楽しく、またロマンに満ちている。だれも見たことのない多くの個性豊かで美しい結晶がたくさん眠っているはずである。そんな結晶との出会いを求めて今日も電子顕微鏡をのぞく。

1) 元島栖二、化学、38、698(1983). 2) 元島栖二、同誌、42、529(1987). 3) 元島栖二、同誌、45、532(1990).


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